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VOICE vol.3 | 土橋正臣さん
更新日時:2021/01/13
2021.1.13 Interview
飴色に染まった革張りのチェアや、深い木目が刻まれた年代物のデスク。
重厚な空間の中、山高帽とスリーピースで極めた土橋正臣さんは、
まるでシャーロック・ホームズの世界から現れた住人のようでした。
鎌倉アンティークス・代表土橋正臣さん
1993年に初訪問したイギリスの文化に衝撃を受け、英国アンティークにどっぷりと浸かることになったという土橋さん。ショールームを兼ねたオフィスには、製作から100年以上が経過した家具や装飾品が山ほど置かれ、取材陣も思わず色めき立ちました。
なぜ、人はこうもアンティークに心が奪われるのでしょうか?土橋さんに、そのわけを教えてもらいました。
時を重ねることで厚みを増す“パティナ”の存在
世界中に熱心な蒐集家がいるアンティーク品。どうして人は、
そうした古めかしい品に惹かれるのでしょうか?
土橋さんは、“パティナ”と呼ばれる美しさに加え、
悠久の時間に参加できることが理由に挙げられると話してくれました。
どのようなきっかけで英国アンティークにハマったのですか?
僕が20代の頃、妹が滞在していた英国のホストファミリーのところへ遊びにいって、そこのお父さんにとても可愛がってもらいました。革靴の選び方からスーツの着方、王室御用達の存在……いわゆる英国文化を教えてくれたんですね。ある日には、限られた英国紳士しか入れない「ジェントルマンズクラブ」に連れて行ってもらい、そこに置かれていたウィングバックチェアに衝撃を受けたのがアンティークの魅力を知るきっかけでした。張られた革が、ものすごくいい色合いになっていたんですよ。聞けば、作られたのはヴィクトリア時代後期、今から120年以上前だという。時が経つほど魅力を深めていくモノの存在を知ったんです。
そのチェアが見せた質感や風合いに魅せられたんですね。
ただ、古ければいいのではなく、その間大切に使われていたかどうかが大事です。使い方が丁寧だと、美しく経年変化するんですよ。それは、人間のシワの入り方と一緒。あまりよくない歳のとり方をしていると表情は粗暴で汚い雰囲気になるものですが、いい生き方をしているとものすごく品のある人相になりますから。実はモノも一緒で、大切に使っていると“パティナ(古色)”と呼ばれる特有のツヤや味わいが出てきて、なんともいえない魅力を宿すんです。この“パティナ”は時を重ねる以外に再現はできなくて、つまりアンティーク品を手に入れるということは時間を買う行為なんですね。そして同時に、次の世代へと引き継いでいく責務も負います。いくらお金を出して手に入れたとしても、永遠の所有者ではなく、一時的な預かり人に過ぎないのです。しかしそこには、モノの魅力を高めるための悠久の時間に自らが参加できるという喜びも生まれます。
アンティークそのものの魅力を味わえる楽しみと、アンティークを育てる楽しみの両面があるのですね。
そうですね。アンティーク品というと高価なイメージですけど、次の世代へと引き継ぐ頃にはさらに価値が高まっていますから、そういう意味では贅沢品ではないんですよ。また、時を重ねたらなんでもいいわけではないのも、おもしろいところ。化石や樹木など、人の手が加えられていない年代物をアンティークとは呼びませんし、素人が日曜大工で作った家具が時を重ねても、そこまで魅力は増しません。つまり腕のある職人が、なんらかの目的を果たすために作った製品であることが前提なんですね。
それはなぜでしょうか?
モノに宿る“機能美”に惹かれるのでしょう。理に適ったデザイン。人は、そこに美しさを感じるのです。アンティークには作られた当時の“理”があり、それに思いを馳せることで、モノや人が紡いできた物語性を感じ取れる。そしてモノを引き継ぐということは、人の想いを引き継ぐということになる。そういった仕組みも、僕がアンティークを好きになった理由のひとつですね。
“いいモノ”かどうかは自分の心のときめきで判断する
魅力的な英国アンティークを山ほど収集している土橋さん。
これだけの品々を、いったいどうやって見つけ出したのか?
土橋さんにいいモノを見つけるコツをたずねると、
「自分がときめくかどうか」という答えが返ってきました。
アンティーク品といってもその種類は多種多様、土橋さんはどのような基準で選ばれているのですか?
自分の生活に必要なものであり、かつ、ときめくもの、心の琴線に触れるものを選んでいます。価格や有名無名は気にしません。
そうした品はどうやって見つけられるのでしょうか?
周りの意見に合わせていては判断できません。ピンときた革張りのチェアがあれば、ただ買えばいいのです。もしそれが安価なら、その理由を知って『なるほどね』と思えばいいし、高価なら『やっぱりね』で済ますだけ。自分を信じる、自信を持つということでしょうね。ただ最初は、その道に詳しい指導者的な存在を見つけたいもの。僕にとっては英国のお父さんがそうでした。そうした人と話をしたり本を読んだりして歴史を学び、物語に耳を傾ければ、審美眼は自然と養われます。そこで自信を身につけてから、心がときめくモノとの巡り合わせを求めればいいんです。
土橋さんは、革張りのチェアがきっかけでアンティークにハマったとおっしゃっていましたが、ご自身が持つ革小物にもこだわりをお持ちですか?
革小物も、時を重ねることで“パティナ”の魅力が生まれるモノ。定期的にメンテナンスをして、何年も育てていきたいですよね。これまでたくさんの英国ブランドの革小物を愛用してきましたけど、ここ5~6年、名刺ケースはキプリスのものを使っています。購入したときはキプリスのことを知らなくて、英国ブランドと勘違いしていました(笑)。とにかく仕立てがよくて、機能美にあふれたところが僕の心の琴線を刺激したんですよね。今では長財布も手に入れました。
キプリスについて、どのような印象をお持ちですか?
職人を大切にされていると聞きました。アンティーク品も『いいものを作りたい』という職人の想いに触れるのが大切ですから、多くの共通点を感じますね。いい加減な仕事って、すぐにバレてしまうんです。モノってわかりやすいんですよ。いい加減な仕事をしたモノは引き継がれないから、アンティークにはならないんです。
想いはどうやっても表に出てくるのですね。
そうですね。“本物”は、生まれた瞬間から懐かしさを伴います。なぜなら、次世代へと確実に引き継がれることが予感されて、その先の未来から振り返った気分になるから。不思議な感覚ですけども。キプリスには、これからも“本物”のモノ作りを続けてもらいたいですね。
“本物”に触れる機会を増やすべき
使い捨ての廉価品で済ませたり、極力モノを買わなかったりする
人が増えている昨今。アンティークの魅力は旧時代のものに
なるのでしょうか?土橋さんは「ただ“本物”に触れる機会が足りて
いないだけ」と話し、楽観視していました。
英国と日本とで、なにか共通点や相違点を感じることはありますか?
同じ島国ですし、感性はとても似ています。特に、古いものを大切にする感性は共通ではないでしょうか。しかし、日本では様式の変化に伴って和箪笥といった家具や着物などがなくなりつつある。いいモノを引き継ぐという、古くからの慣習が失われている状況は危惧しています。
モノを見る目が変わってしまったのでしょうか?
いえ、そうは考えていません。今、どちらかというと安くてシンプルなモノを選んだり、クルマもいらないという人が増えていますよね。それはそれで尊重しますが、ただ本物を知らないだけという人も多いと思うんです。このショールームに来られた方、とくに子供はすごく喜ぶんですよ。ハリーポッターの世界だと。触れる機会がなかっただけで、古くていいものの存在を知れば、やはり心惹かれるのだと思います。
いいモノに触れる機会を増やす必要性があるのですね。
僕が鎌倉を拠点においたのは、日本最初のナショナルトラスト団体がこの地で生まれ、古都の保全活動に盛んなためでした。そして2022年の中頃には、僕の長年の念願だった『英国アンティーク博物館KAMAKURA』を開館できることになりました。英国ヴィクトリア&アルバート博物館別館や新国立競技場をデザインした隈研吾先生に設計してもらい、英国アンティークの魅力をより身近に感じられる場を提供したいと考えています。いいモノを味わい、心の琴線を刺激できればうれしいですね。
鎌倉アンティークス代表
土橋正臣 Masaomi Dobashi
1966年新潟生まれ。長崎大学大学院卒業後、しばらく外資系企業に務めてから鎌倉アンティークス&ギャラリーを設立。英国アンティークの輸入や英国インテリアコーディネートのため、イギリスと日本を行き来する。ロンドンタクシーコレクターとしても知られ、本物のブラックキャブを年代別に10台所有。NHK文化センターでは講師を勤めている。
Text : Hiroyuki Yokoyama
Edit : FIRST
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