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Voice vol.9 | 白石康次郎さん
更新日時:2022/06/03
2022.6.3 Interview
たった一人で大型ヨットを操舵し、どこにも寄港することなく
約80日間をかけて世界を一周する。
嵐に見舞われたり誤ってヨットから転落したりすれば、死にも直結してしまう。
そんな過酷なチャレンジに挑んできた白石康次郎さん。
常に死と隣合わせでいる経験が、モノを見る目を養ったといいます。
そんな白石さんが大切にしている、モノづくりの本質とは。
DMG MORI SAILING TEAM Skipper白石康次郎さん
ヨットは人間界と自然界の両方を楽しめるスポーツ
取材が行われたのは2022年1月某日。
フランスで開催されるヨットレースへ向けて準備に入る直前というタイミングだったにも関わらず、
白石さんは快く取材陣を迎え入れてくれました。
自身の経験や想いを語る中、時折見せる爽やかな笑顔が印象的でした。
単独無寄港世界一周や世界最高峰のレース「Vendee Globe」の初完走など、
次々に目標を達成されていらっしゃいます。モチベーションの源泉はどこにあるのでしょうか?
「もともとは『地球の7割を占めるこの海を自由に乗り越えたい』という、自分の中で抱いた想いからでした。ひとつ目標を達成できたら、また次の夢が広がって……というふうに。そうして、これまではずっと僕の想いが強かったのだけど、今ではチームや応援してくれている人たちへの恩返しの意味合いも増していますね。レースでは一人でヨットを操船しなくてはいけないのですけども、その間もチームとは頻繁に連絡を取り合うし、参加するにも何億円という費用がかかります。数多くの協力者がいなければ実現できない活動なんです。それに、僕の師匠はもう亡くなってしまったから直接恩を返すことはできないけど、次の世代に『恩送り』していかなければいけません。まだ体は動きますから、最戦前で戦っている後ろ姿を見せられるといいなと思っています」
2024年11月開催の第10回「Vendee Globe」で8位以内に入ることを次の目標に掲げていると聞きました。
「そのとき、僕は57歳。年齢との戦いになりますね。同レースでは、ヨットに羽が生えたような大型のフォイル艇を操舵するのですけど、振動は激しいし、まあ疲れるんです。距離は世界一周、競技時間は約2000時間もありますしね。実際、経験も実績も体力もある30代後半から40代前半あたりが一番いいのだろうけど、70歳で完走した人もいますから。世界中のトップセイラーばかりが集まるレースで、今回掲げた『8位以内』はかなりチャレンジングな目標ですけども、どうやって実現するか、自身の肉体を鍛えながら模索している最中です」
それほど長い時間一人で洋上にいて、どのようなことを考えているのですか?
「それが簡単な話で、『早く帰りたい』以外思わないんです(笑)。もう、スタートした翌日から。他の参加者も、みな早くゴールしたくて必死なんですよ。それでも、こうしたレースに参加することで世界中にかけがえのない仲間ができましたし、ヨットは地球をまるごと楽しめる最高のスポーツなんです。スポンサーを募ったり装備を開発したりと世俗的な関わりがいるし、その一方で自然を読む能力も必要になる。世渡りがうまいだけではヨットは操れないし、自然が好きだからと世捨て人になるわけにもいきませんから、本当の意味で中庸なんですね。人間界と自然界、両方楽しめるんです」
後悔しないよう納得できるモノだけを使いたい
ちょっとしたミスが命取りになってしまう海の世界。
特に「Vendee Globe」はどの港にも寄れないレースであるため、
万一にも道具が故障してしまえば致命的な状況に陥ってしまいます。
白石さんに、モノについての想いを伺いました。
持ち込める量にも制限があるのでしょうし、積載する道具や荷物は相当吟味していらっしゃるのでしょうか?
「セールが破れてリタイアしたこともありますから、道具ひとつの大切さは身に染みてわかっています。重要な装備は予備も載せていますけど、それだって数に限度がありますから『これでいいだろう』という決断が重要になります。それに、やはり替えがきかないからこそ本当にいいモノだけを積んでいきたい。一歩間違うと死んじゃうから、いつ、いかなるときに何が起きても後悔したくないんですよね。だから、自分で納得できるモノだけを載せたい。こういうスポーツをやっているので、モノへのこだわりは強いほうだと思います」
いつ死んでも恥じることがないよう、武士が常に洗いたての白褌を絞めていたという話に通じますね。
「まさにその通りです。そして僕にとっては単なる逸話ではなく、リアルな話。ひとつ間違うと死んじゃうので。ヨットの甲板をいつもキレイに磨いておくのも同じで、あれは油一滴でも発見できれば、どこかが不調になっていることにいち早く気づけるからなんです。常にキレイな状態を保ち、いつでも正しく使えるようにしておく。『いつの間にかなくしてしまった』なんてことは絶対にありません。こうしたモノに対する姿勢は学生時代から徹底して教育されてきたことで、だから世界を4周も回れたのだと思います」
そうしたモノへの姿勢は、ヨット以外の日用品についても同じですか?
「はい。財布なんかは特にそう。お金ってエネルギーの塊で、粗末に扱っている人のもとからはどんどん失われてしまうもの。だから僕は財布をいつも丁寧に扱っているし、そう思わせるだけのモノを身近に置きたいんですよね」
ストーリーがあるモノほど欲しくなる
生き死にの境界線を肌身に感じているからこそ、
モノに格別のこだわりを持っていると話す白石さん。
さらには、モノの背景に宿るストーリーも重要だといいます。
実際、どのようなところに惹かれてモノを買われたりするのですか?
「品質に優れていることはもちろん、ストーリーも重要だと思っています。スマホが当たり前になった今、腕時計を購入するのは時刻確認のためだけじゃないですよね。変な話、お金だってジップロックに入れて持ち歩けるけど、やっぱりちゃんとした財布が欲しくなるわけで。どんな素材が使われているのか? どんな職人が作っているのか? ブランドの理念は? そうしたストーリーがあるから、手に入れたくなるんだと思うんです。日本のモノづくりにしたって、とても繊細なのは、山林の多さから人々が協力して素材を大切に扱ってきた歴史的背景があるからこそ。広大な大地が広がるアメリカや温暖な陽気に満ちた南欧では決して実現できない特徴です。SDGsやサステナブルが叫ばれている今、丁寧でストーリー性も豊かな日本のモノづくりは今後ますます注目されると思いますよ」
キプリスの財布やカードケースをお使いになられているのも、そうしたストーリー性から?
「はい。ひと針ひと針、本当に丁寧な仕事をしているなって見てわかります。僕、ヨットレース中はオリジナルで開発してもらったウエアを着用するのですけど、200パーツもあって、すべて富山のおばちゃんが手縫いしてくれているんですね。それと同じような愛着を感じます。そして丁寧な仕事で生まれた製品には、魂が宿る。仏像を作って魂を入れるのと同じですね。キプリスの製品も、魂を宿せる器なんだなって感じます。それに、かっこいい。実用的な道具としての制約がある中で、すごくうまくデザインしているなと思います」
長く使われているんですか?
「もう5年くらいでしょうか。革素材は使うほどに変化してくるので、そこも味わい深いですね。どんどんと自分に馴染んでくる。もう30年は履いている革靴も持っているんだけど、完全に自分の足の形になっていて、すごく履き心地がよくて。この財布とカードケースも、自分だけのモノに馴染んでいくのが楽しみです」
DMG MORI SAILING TEAM Skipper
白石康次郎Kojiro Shiraishi
1967年東京生まれ鎌倉育ち。神奈川県立三崎水産高等学校(現・神奈川県立海洋科学高等学校)出身。高校在学中に単独世界一周ヨットレースで優勝した故・多田雄幸氏に弟子入りし、26歳でヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。2006年には単独世界一周ヨットレース「Five Oceans」Class I(60ft)に参戦し、歴史的快挙となる2位でゴール。その後も、サンフランシスコ-横浜間の世界最速横断記録更新や単独世界一周ヨットレース「Vendee Globe」にアジア人として初出場を果たすなど、数多くの記録を打ち立てる。2018年より日本初の外洋ヨットチーム「DMG MORI SAILING TEAM」のスキッパーに就任。
Text : Hiroyuki Yokoyama
Edit : FIRST
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