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Voice vol.7 | 池谷裕二さん
更新日時:2022/01/20
2022.1.20 Interview
脳研究者の第一人者として、テレビでもおなじみの池谷裕二先生。
難解な脳の最先端科学をわかりやすく解説してくれるところから、絶大な支持を集めています。
今回は、池谷先生が研究されている内容を伺うだけでなく、
「服装や小物がもたらす意味とは?」「なぜ人はモノにこだわるのか?」
といった素朴な疑問についても、脳科学の視点から答えていただくことに。
そこには、幸せになるためのヒントが隠されていました。
薬学博士/脳研究者/東京大学薬学部教授池谷裕二さん
人間の脳は秘められた可能性を秘めている
訪問したのは、東京・本郷にある東京大学。
数多く林立する建物の一室に、池谷先生の研究室がありました。
特別な用事がなければ常にこもっているというその場所は、
「空間的には本当に狭いのですけど、思考の移動範囲は世界中を駆け巡っています」と、
先生は少しはにかみながら教えてくれました。
ずっとコチラで研究を?
「はい。ある意味すごい空間なんですよ。この狭いところに素晴らしい頭脳を持った博士課程の学生たちが集まり、ディスカッションを重ねて新しい人類の知を生み出していく。そういう生産の場なんです。自分がその輪の中にいると考えただけでも、すごく幸せを感じますね」
もともと、どういった経緯で脳研究をするようになったのですか?
「大学で配属された先がたまたま脳の研究室だったというのが大きいですね。やってみたらめちゃくちゃ面白くて、それで今でも続けているんです。もちろん小学生の頃から『人間の脳はどこまで活用されているのか?』といった興味を強く持っていたのも、背景にありました」
そういった経緯で始めた脳研究ですが、実際にどのようなことをされているのでしょうか。
「脳にはまだ秘められた能力が眠っているのではないか、潜在的な才能が埋もれているのかではないかと考え、それらを掘り起こす研究を行っています。よく、『脳の何%が使われているのか?』という議論がありますけど、脳の中で使われている機能は今見えているからわかりますが、フル活用された状態がわからない。つまり、%を導き出すための分子はわかっても分母がわからないんです。そこで現在では、脳を今よりもさらに活用させるプロジェクトに取り組んでいます」
それは、どのようなことを?
「今は人工知能のチップをネズミの脳に埋め込み、どこまで機能を拡張できるかを試しています。たとえばネズミは本来ヒトの言語の聞き分けができないのですが、ネズミの聴覚神経を通って脳に伝達された情報を人工知能に解読させ、それを的確にフィードバックさせることで、英語とスペイン語の違いを学習させることに成功しました。しかも一度聞き分けができるようになれば、あとは人工知能がなくても聞き分け能力が維持されることもわかりました。まさに脳の機能を拡張できたわけです。もちろん人間への適用はまだ先の話で、実現するには倫理や哲学的な問題をクリアする必要もありますけども、脳を拡張できる可能性を証明できたことは単純にワクワクしますし、社会的にも大きな貢献を果たせるはずです。発達障害や学習障害を克服する手助けになるでしょうし、一人ひとりがより生きやすく、幸せに過ごすための可能性を広げてくれるものだと考えています」
ファッションは同調と反駁の欲求に揺れる
難しい用語を避けて、わかりやすく丁寧に解説してくれる池谷先生。
研究による発見を喜ぶのはもちろん、
「その発見をより多くの人に伝えたくなる本能が自分の脳の中にある」といいます。
それが、多くのメディアで活動するモチベーションとなっているようです。
先生にぜひ伺ってみたいことがあったんです。人々が身につける服装や服飾小物は、脳科学の見地からするとどのような意味を持つのでしょうか?
「大きく2つの意味があると思います。ひとつは、人から認めてもらいたい、所属する社会の中に受け入れてもらいたいという欲求。もうひとつは、他の人よりも皆に好かれたい、出世したいといった利益への欲求。言い換えれば、前者は世の中のトレンドを踏まえて人に見られることを意識したファッションで、後者はいわば自己満足のファッションです」
他人を意識するか、自分を中心に考えるか。
「そう、『みんなと同じでいたい』『みんなと違っていたい』という、相反する2つの欲求があるんです。とある研究によれば、この2つのバランスは不安感によって決まり、不安感が高まるほど周囲と同調しようという心理が働くそうです。恐怖映画を見させて不安感を高めたところ、その後に周りのみんなと同じものを買う確率が高くなったのだとか。これはよくよく考えれば当然で、アフリカのサバンナにいるシマウマが捕食者に襲われそうになったときに同調行動を取るのと同じことです。不安なとき、つまり自分に危険が迫っているときに群れからはみ出てしまうと、命の危険が高まってしまいますから」
生物としての生存本能なんですね。
「だから、コロナ禍だったり経済不況になったりと社会全体が不安になると、同調行動によって同じような服装にしようという欲求が高まるのだと思います。もちろん、同調傾向が強いからダメ、個性的すぎるからダメ、ということはありません。要はバランスが大事なのでしょう。ただ、やはり個性豊かなファッションは社会的な不安がそこまで高くないから生まれるわけで、大切にしていきたいものだと思います。私の研究も同様で、わりと平和な時代だからこそできることですからね。その意味では日々感謝しています」
全部でなくとも、個性的で自己満足できるなにかを取り入れるべきだと。
「はい。なにも贅沢品でなくていいのです。高価なモノだけを求めても、際限がない。金銭的価値の欲求は対数的、対数スケールで伸長していくといわれています。1万円の買い物をしたい人が実際にそのお金を手にすると、今度は2万円がほしくなる。そして2万円を手に入れると、次は3万円ではなくて4万円が欲しくなる。倍、倍、なんですね。年収400万円だった人が出世して800万円になることは想像できますが、その次は1600万円、その次は3200万円……というふうになり、どんどん苦しくなる。次のステージに上がるためのハードルが高くなるんです。だから金銭の過多にはあまりこだわらず、自分が納得の行くモノを身近に置くのが大事なのでしょうね」
大切なのは幸せを感じるモノを身近に置くこと
「自分が納得できるモノを身近に置く。
そう話す池谷先生が机の上から取り出したのは、
キプリスの名刺入れとビジネスバッグでした。
愛でるように撫でた後、「私の場合はこれらがそうなんです」
と打ち明けてくれました。
市場の価値に依らず、自分で納得の行くことが大事なんですね。
「価値観は人それぞれですけどね。私の場合は、こういう革製品のような、手で触れているだけで幸せを感じるモノが最高なんです。この名刺入れがジャケットに収まっている。このバッグを持っていつでも出歩ける。それだけで幸せな気分になれるんです。それに、革製品は使うほどに替えのきかない一点モノへと育っていきますから、自尊心も高まってくる」
モノへのこだわりというか。
「こだわりというのは所有欲の一種でしょうし、病的な偏執狂という側面もあるかもしれませんけど(笑)、人それぞれに心の琴線に触れるポイントがあるのだと思います。僕は革製品の他にも、一眼カメラや機械式時計などメカニカルな製品も大好きで……いわゆるオタク気質があるんでしょうね。たまに自分でも『アホだな』と思うくらいですけど(笑)、好きに理屈はいらないし、それで幸せを感じるから何の問題もないんです」
(下写真)スマートケース(生産終了品)
キプリス製品の、どのようなところが気に入られたのでしょうか?
「つくりがしっかりしていますし、いい革を使っているから、とにかく感触が心地いい。そうすると心が穏やかになるんです。名刺交換は一連の儀式に過ぎませんけども、そこに『心地いいモノに触る』という工程が入ることは、僕の脳にものすごくよい影響をもたらしていると思います。それにキプリスというブランドには、『滋味』のようなものを感じます。洒落ていて粋だけど、それを前面に出すこともなく、知れば知るほど味わいが染みてくるというような。その感じが、心に刺さるんですよね。ブランドの存在を知ってすぐに『これは大切に長く使おう』を決めまして、この名刺入れもバッグも10年以上愛用しています」
薬学博士/脳研究者/東京大学薬学部教授
池谷裕二 Yuuji Ikegaya
1970年静岡県生まれ。2002~2005年にコロンビア大学で留学した後、2014年より現職。専門分野は精神生理学で、海馬の研究を通じ脳の健康や老化について研究を続ける。日本薬理学会学術奨励賞、日本精神科学学会奨励賞、日本薬学会奨励賞、文部科学大臣表彰(若手科学者賞)などを受賞。著書多数。さまざまなメディアでも積極的に活動し、脳に関心のなかった一般人に向けて最先端の知見をわかりやすく解説している。
Text : Hiroyuki Yokoyama
Edit : FIRST
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