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VOICE vol.2 | 高野登さん
更新日時:2020/12/11
2020.12.11 Interview
笑顔で取材陣を迎え入れてくれた高野登さん。朗らかな表情や優しい口調で、
室内が一気に穏やかな空気で満たされていきます。
「ホスピタリティの達人」と呼ばれているワケをさっそく味わった気がしました。
人とホスピタリティ研究所・代表高野登さん
ザ・リッツ・カールトンといえば、世界一とも称されるラグジュアリーホテル。1997年に大阪で開業して以降は、日本でも広く知られ憧れのホテル”となりましたが、その日本での成功をもたらしたのが高野さんでした。
ザ・リッツ・カールトンの魅力をどのように広めたのか。また、高く評価されているホスピタリティの精神はどのように養われたのか。高野さんに伺いました。
日本ではまだ誰も知らなかったホテルを、たった5年で日本一へと導いた支社長。
それだけを耳にすれば、”眼光鋭い敏腕経営者”という
ステレオタイプなイメージを抱いてしまいそうです。
しかし実際の高野さんは、仏のように柔和な笑顔を見せる方でした。
いったい、どうやって日本一に輝いたのでしょうか?
俄然興味がわいてきます。
なぜ、ザ・リッツ・カールトンは世界随一のホテルになったのでしょうか?
そのご説明には丸一日以上かかるのですが(笑)、端的に申しますと、『ハイエンドのラグジュアリーホテル』というブランディングを強固に築き上げ、軸が振れずに居続けていることにあります。一定の成功を収めると、ついあちこち手を広げてしまいたくなるのですが、そのためにせっかく築いたブランドが壊れてしまうケースが多いんです。たとえば、新規客層を取り込もうと割安のセカンドブランドを出したところ、メインブランドのファンがそちらに流れたり、全体のイメージも毀損してしまったり。ザ・リッツ・カールトンにも『セカンドブランドを出しませんか?』という誘いは山ほどありましたが、すべて断りました。あるとき中南米のマーケティングディレクターが、ブランドロゴのライオンにソンブレロを被らせた図案を提案してきたことがあったのですが、彼は翌日にクビになっています。『ブランド戦略、ブランド価値をなにもわかっていない』からと。絶対に揺るがない想いを、全員で共有する必要があるんです。
スタッフ一人ひとりにも?
そうです。大阪で開業するとき、『5年で日本一のホテルになる』ことを目指しましたが、当時はスタッフですら疑問視していたと思います。そこで私は、みなに処方箋をかけたのです。5年で日本一になるには、なにが欠けているのか?何を積み立てていけばいいのか?全社員一人ひとりとともにマインドマップを描きました。『掲げた課題を一つひとつクリアすればやがて日本一になれるよ』『そうしたら、成功の秘訣をみんなが聴いてくるよ』『そのとき、あなたは自分の言葉で何を伝えたい?』というようなお話もしましたね。それで、本当に5年で日本一になったのです。
ザ・リッツ・カールトンが目指す世界観を、個人個人に浸透させていったのですね。
ホテルマンとしての成長も常に促しました。私は『感性の筋トレ』と呼んでいるのですけど、感性もなにもしなければ筋肉と同じように衰えてしまいます。読書や経験を積み重ねて感性を鍛えれば、さまざまな状況に直面したときに最善の行動が取れるようになるんです。また創業者のホルスト・シュルツは、『スピリット・アンド・ソウル』が大事だとよくいっていました。内なるものと対話し、声を聞けと。それが一番正直な、自分の答えなのだからと。掃除ができる、営業トークができるという能力は仕事上の義務に過ぎなくて、そこから先へ自分を成長させるには、自分の魂と対話する心構えが必要なんです。
ホテルや飲食店など接客業で活用されていたホスピタリティという考えも、
広く一般に使われるようになりました。
それでは、ホスピタリティの本家ともいえる
ザ・リッツ・カールトンでは、どのような認識だったのか。
高野さんは、「忘己利他」という言葉にヒントがあると語ります。
高野さんが大切にされているホスピタリティとは、いったいなんでしょうか?
コミュニティ内で円滑な人間関係を築くためにある、空気のような当たり前の存在。日本語にすると、自分を忘れて他人のために尽くす『忘己利他』の発想です。ホテルマンであれば自分自身のことは一旦脇へ置き、お客様の利になることを考えてみようというのが、ホスピタリティの思想に一番近いものでしょうね。ザ・リッツ・カールトンは、全従業員に一人一日2000ドルまでの決済権を持たせる『エンパワーメント』を実施していて、なにかあったときに自由裁量で判断できるようにしています。食事を切り上げなくてはならなくなったお客様に対し、急遽用意した箱にデザートを詰めてお渡ししたり、室内に置き忘れてしまった書類を届けるため新幹線に乗って追いかけたりと、自分の頭で考えて行動に移せるんです。マニュアルに縛られ、上長の指示がないと動けない体になってしまえば、こうしたホスピタリティのある行動を起こせないでしょう。『感性の筋トレ』が必要なのも、気づきを得たり柔軟な発想を生んだりするのに欠かせないからです。
現代は『忘己利他』とは逆に、自分の利益を追求することが良しとされています。
僕の師匠である伊那食品工業の塚越会長は、『利益はうんこである』なんて言っていましたよ。人はいろいろな食べ物を口にして、活動し、最後に残り滓が排出されますよね。企業も同じで、稼いだお金を社員の給与や福祉、社会活動を行って、残りが利益になる。利益は健康な企業活動によって生じる残り滓であり、最初からそれを最大にしようなんて考えるものではないんです。『お客様第一』といいながら、実際には利益を第一に追求してしまう企業が実に多いと感じています。本来は、果たしたい活動のために適正な売り上げを得るというのが大切なのではないでしょうか。そのほうがお互いに『忘己利他』になる関係を築きやすいですし、やりがいや幸福感をもって仕事ができるようになると思いますよ。
ザ・リッツ・カールトンも利益を第一に追い求めない企業であったと?
『日本一のラグジュアリーホテル』を目指し、実現もしましたが、『利益を上げろ』とはいいませんでしたね。営業会議でも課題解決会議でも、テーマはお客様のことばかりでした。室内を最高品質の家具や用品で満たそうというのも、お客様のため。家電にもこだわっていて、スイートルームには多くのスタッフが試して厳選したスピーカーを設置していました。見た目にもこだわるため、最高級のレザーを起用したのですが、その素材を提供したのがキプリスだったことには不思議な縁を感じますね。
高野さんとお話をしていて気づかされたのは、穏やかな口調に優雅な仕草、
そして洗練された装いです。
おもてなしとは「しつらえ、装い、ふるまい」の3要素からなり、
「本物に触れて感性を磨く」ことが正しい装いを理解する近道という話に、
ただただ納得します。
相手への気遣いという意味では、装いも重要なのではないでしょうか。
そうですね。『おもてなしは、しつらえ、装い、ふるまいの3要素から成る』といわれています。装いで肝心なのは、想像力を働かせることです。たとえば結婚式において男性はエナメル靴を履くのがセオリーですが、それは相手のドレスの裾を靴墨で汚さないため。自分の格好だけを気にして、見栄えだけがいい靴を選ぶのは相手への想像が足りていない証拠です。そうしてTPOにあった服装や小物を身に着けるべきですが、一方では、自分自身についてもよく学ばなければなりません。いくら高級な会食とはいえ、年端も行かない若者が超高級ブランドのバッグを身に着けていては浮いてしまうだけ。自分にふさわしいものを選び取るためには、早くからいいものに触れ、感性を磨くのが大切です。偏った執着はやりすぎですが、正しくこだわりを持つということです。
TPOに合わせるためにも、服飾小物も色々とお持ちなのですか?
時計も各種ブランドを揃えましたし、革小物もそれなりに。けっこう長いこと、キプリスの小銭入れを使っています。革製品の世界には明るくなかったのですが、この小銭入れを手に入れてから強く興味を持ち始めました。革にしかない手触りの良さや深みがあるんだと感じるようになりました。
▲愛用されている「キプリス」コードバン&シラサギレザーの名刺入れとリプルカーフ&バッファロー(生産終了)の小銭入れ
それも、感性を磨くきっかけになったのですね。
はい。自分の人生とちゃんと向き合う時間をとり始めた方におすすめしたいですね。一呼吸おいて、これからの人付き合いや生き方はもちろん、自分が食べるもの、身に着けるものを熟慮する時期って誰にでも訪れるものです。そうしたライフステージの方に、キプリスは心地よい存在に映るのではないでしょうか。そこには『本物へのこだわり』がありますから。革の素材選びも縫製の仕方も真面目で、本物です。時代に合わせた一過性の製品もいいですが、自分の中に物事を判断する価値観を養いたいのなら、やっぱり本物に触れておきたいもの。そうして心の中心に軸を作ってから、さまざまな世界に触れるのがいいと思いますね。
「本物」と出会うにはどうすればよいのでしょうか?
情報であふれた時代ですが、受動的に入ってくるものの中に、どれだけ有益な情報があるかわかりません。ニューノーマルと呼ばれるこれからの時代、オンラインの存在はますます際立ちますが、そこでできることできないことを理解する必要があるでしょう。知らないだけで、本物を作っているブランドは数多く存在していると思っています。また、自分で必要性を心底感じるようになってこそ、そうしたブランドを発見できるということもあるかもしれません。『感性の筋トレ』と同じように、人として成長したい気持ちを持ってあたれば、自分に必要な『本物』と出会えるのではないでしょうか。
人とホスピタリティ研究所・代表
高野登 Noboru Takano
1953年長野県生まれ。プリンス・ホテルスクール(現日本ホテルスクール)第一期卒業。21歳でニューヨークに渡り、さまざまなホテルでの勤務経験を経た後、ザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコの開業に携わる。1994年、日本支社長に就任。2009年に退任、翌年に人とホスピタリティ研究所を設立し、おもてなしや働くモチベーションを高める活動を行っている。
Text : Hiroyuki Yokoyama
Edit : FIRST
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