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Voice vol.8 | 西川悟平さん
更新日時:2022/03/07
2022.3.7 Interview
カーネギーホールでコンサートを行うなど注目を集めていた最中、
突如ジストニアという難病に侵されてしまったピアニストの西川悟平さん。
思うように指が動かなくなり、幸福の絶頂からどん底へ……。
しかし、拙い演奏でも心から喜んでくれた幼稚園生や多くの関係者からの支えを受け、演奏活動を再開。
今では、動かせる指を駆使しての“7本指のピアニスト”として知られ、
東京2020パラリンピックの閉会式ではグランドフィナーレを飾る演奏も実現しました。
どのように逆境を克服できたのか? 音楽の魅力とは?
また、ベストドレッサー賞を受賞するほどオシャレな西川さんに、
普段意識しているファッションや服飾小物についても伺いました。
ピアニスト西川悟平さん
夢が叶った東京2020パラリンピックでの演奏
キプリスのショールームにお越しいただいた西川さん。
溌剌とした笑顔が印象的な方でした。
東京2020パラリンピックの閉会式、聖火台が閉じるフィナーレの直前にピアノで演奏された
「この素晴らしき世界」はとても感動的でした。
「ありがとうございます。もともとは2分程度の曲なのですが、8分11秒にまでアレンジを入れて、僕がずーっと弾きっぱなしなんですね。もう、死ぬかと思いました(笑)。直前まで一日10時間以上練習して。それに、ただポイッと弾くだけじゃ選手や関係者に失礼だと思い、メダルを獲って歓喜の声を上げたり悔し涙に暮れたりするシーンをなるべく多く観るようにしていました。本番直前には副会長から『ここは無観客だけど、生放送のテレビで162カ国、2億5000万人が観ているから楽しんできて』なんて言われ、『プレッシャーをかけないで!』と思いましたけど(笑)、演奏中はいろいろな想いが高まって完全にゾーンに入りました。すべてがスローモーションに感じ、演奏後に打ち上がった花火の爆音で現実に戻ったんです。終わった後は、とにかく無事に成功できたことにホッとしましたね」
世の中にはさまざまなアートやパフォーマンスがありますが、音楽ならではの魅力はどこにあると思われますか?
「あの閉会式では162カ国、2億5000万人、きっとみんな同じ気持ちになれたと思うんですよ。音楽は生まれた瞬間から消えていく時間芸術であり、言語の異なる人でも気持ちを共有できる。そこなんです。そのことを証明するためにも、オリ・パラでの演奏は僕にとっても重要なチャンスでした」
東京2020パラリンピックに関わることは、西川さんの夢だった?
「はい。そもそも僕がピアノを始めたのは、15歳になってから。ものごころがつく前からはじめるのが当たり前の世界ですから、『ピアニストになんかなれない』『絶対無理』と言われ続けたものです。ジストニアを発症して指が動かなくなったときには、5人の医者から『もう二度とピアノは弾けない』とも。それでも僕は、7本指ではありますけど、ピアニストとして活動できています。そして東京でオリ・パラが開催されることが決まり、40歳になって自分が死ぬ前に世の中になにかを残したいと考えていた僕は、『あそこでピアノ演奏をしたい!』と夢を見るようになっていたんです」
どうやって夢が叶ったのでしょうか?
「会う人すべてに『オリ・パラに出たいんです』と言い続けていました。オリンピック関係者かどうかも関係なしに。そうすると不思議なもので、話を聞いたスコットランド人映画プロデューサーが大会組織委員会の方を引き合わせてくれたりして。決め手となったのは、色々あった末に閉会式の総合プロデューサーとなった小橋賢児さんから『悟平さん、ピアノを弾いてくれますか?』とお話を頂いたから。小橋賢児さんとはずっと以前に一度だけ、オリ・パラとはまったく関係のない状況でお会いしたことがあり、そのときにも僕は恥ずかしげもなく夢を語っていたんですね。それを覚えていてくれて。『素晴らしき世界』は、僕がジストニアを発症して苦しんでいた頃、ニューヨーク・タイムズスクエアの地下で黒人ストリートミュージシャンが歌っているのを聞いて、心が癒やされた思い出の曲でもありました。『ぜひ、やらせてください!』と即答したんです」
ポジティブ思考が奇跡を引き寄せる?
映し出されたパラリンピック閉会式の映像。
国立競技場の中央で、ひとつひとつピアノの音を夜空へと響かせる西川さん。
優しくも力強い音色が胸を打ちます。
常に行動し続けて、夢を引き寄せてこられたのですね。
「小学5年生のとき、音楽の先生に言われた言葉を今でも覚えています。当時大ヒットした映画『ゴーストバスターズ』や『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のことを考え、リコーダーを吹かずにいて怒られたんですね。『先生僕な、いつかバック・トゥー・ザ・フューチャーのマイケル・J・フォックスと仲良くなって、ゴーストバスターズみたいなマンションに住むねん』といったら、『今は授業中じゃ、目を覚ませ!』とね。でも授業後には、『西川君、さっきは夢から目を覚ませといったけどな、あれは授業中やからそういったんや。その夢、叶えなさいよ』といってくれて。たかが子供の夢とけなさず、後押ししてくれた。その言葉や心構えが、僕の人生にインプットされたんです。あれから30年以上も経ち、僕はマイケル・J・フォックス財団の公式会員になって彼とは何度も食事を伴にしていますし、ゴーストバスターズのワンシーンに登場するマンハッタンのマンションにも住むことができました」
ジストニアに罹るなど、数々の困難を克服されてきた原動力はどこにあるのでしょうか?
「根底にあるのは、恐怖心です。同時多発テロを経験しましたし、両親の死にも遭いました。自分も明日、どうなるかわからない。自分は何のために生まれてきたんだろうか? なにかできることはないのか? 何もせずに歳だけとって死んでいくのが怖い。そうした自分の心の穴を埋めるためにも、いろいろ活動しているのだと思います。そして肝心なのが、何事もポジティブでいること。『こんなに頑張っているのに、全然うまくいかなくて』と愚痴るより、『こんな失敗しちゃったけど、きっと次はよくなる前兆ってことだよね』といったほうが周りも絶対に居心地がいい。そうするといい人たちが集まってくるようになり、夢に近づけるんです。もちろん愚痴りたくなるときもあるし、僕ももとからポジティブ人間だったわけではありません。すべてが嫌になって一日をダラダラ過ごすときもあります。ジストニアを患わったのも、心配性で練習しすぎたのが原因のひとつですし。それでも、『もう指を動かせない』と考えるのでなく、『まだ僕には動かせる指が残っている』と思ったことで人生が180度変わり、たくさんの奇跡が舞い込むようになりました。オリ・パラに出るという大きな夢を実現できましたけども、次は全国の学校を回り、子どもたちの背中を押してあげるような活動ができたらいいなと考えています」
ご自身を手本に、夢は叶うんだと。
「そうですね。『絶対無理』なんてないんだ、と。ただ、どんなに努力して頑張っても、できないことがあるのは事実です。『諦めなければ絶対に叶う』なんて言い切ることはしません。でも、その頑張りは必ずなにかしらを実らせます。僕も音楽の短期大学に入学し、4年制への編入を目指してものすごく練習したんですけど、2年連続試験に落ちて編入できませんでした。それでも、ピアニストとしてカーネギーホールの大ホールや武道館で演奏できたわけですから。試験後の電車内で死ぬほど嗚咽していた自分に会ったら、『大丈夫だ』と励ましてやりたいですね」
ピアニストと鞄・財布職人の共通点
この日は、好みだというイタリアブランドのジャケットとパンツを身にまとっていた西川さん。
演奏だけでなく、その風貌からも魅力が伝わってきます。
2019年にはベストドレッサー賞も受賞されましたが、ファッションのこだわりは?
「胸にVラインを作ったり襟を立てたりして、顔が大きいのをごまかす服装を選んでいます(笑)。雑誌『レオン』で提唱されている“ちょいワルオヤジ”も大好きで、色気のある装いが好みですね」
クラシック音楽の世界というと、フォーマルな服装が求められることも多いのでは?
「そうですね。ただ僕の場合、どこかに崩しを入れるようにしています。タキシードでも蝶ネクタイは着けずに開襟したり、ボトムは革パンで合わせてみたり。身長190cmで金髪のブルーアイズと一緒の服を着て横に並んだら、そうでもしないとアジア人の自分は目立たないって、20年間ニューヨークでやってきた経験から学んだんです。僕、ニューヨークでスポンサーがいなかったときは一度もないのですが、こうした努力も役立っていたかもしれません」
そして財布とカバンは、キプリスの製品をお使いになられているのだとか。
「はい。革製品は高級感もカジュアル感も同居した、オールマイティな素材だと感じています。だからTシャツにジーンズというスタイルにも、タキシード姿にも合わせられる。それにキプリスのこの製品は革の品質もすばらしいし、実に機能的で丈夫。すごく重宝しています」
キプリスの工房にも足を運ばれたと聞きました。
「完成品だけ見ても『きれいだな』と思いますけど、ひとつひとつのパーツを丁寧に作っている職人さんの仕事を目の当たりにして、泣きそうなぐらい感動しました。1点1点がアートなんですよね。それに、キプリスの革製品が好きすぎて就職し、20年以上も職人をやっているという話も聞かせてもらって。そういう人たちの手で生み出されていると知り、だからこそ品質がよく、どこか温かみを感じさせるんだなと実感できました」
西川さんは音楽というアートの世界に身をおいていますが、共通する部分はありますか?
「完成品の裏に、コツコツと積み重ねた努力が隠れているという点で同じですよね。そういうところに、人は惹かれるものがあるのかなと思います」
ピアニスト
西川悟平Gohei Nishikawa
ニューヨークを拠点に活動し、カーネギーホールなどで聴衆を熱狂させているピアニスト。輝かしいキャリアの途中で、突如ジストニアという難病に冒されながらも、懸命なリハビリの末、7本指で再起を果たした奇跡の音楽家。ようやく動かせるようになった7本指の演奏は、魂を揺さぶる唯一無二の演奏を奏でるようになっていた。公演で世界を飛び回る傍ら、PanasonicのCMや映画「栞」の主題歌に起用される。2019年ベストドレッサー賞を受賞。2021年には「東京2020パラリンピック閉会式」で大トリを務め、グランドフィナーレを飾る。今、世界中から注目を集めている。
Text : Hiroyuki Yokoyama
Edit : FIRST
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